工事現場を適切に管理して利益を残すために、工事台帳の作成が欠かせません。経営者のなかには、工事台帳がなくても頭の中に数字が入っているから問題ないと考える人もいるでしょう。しかし、数字が見える状態になっていないと、いわゆる「どんぶり勘定」で経営が不安定になる可能性があります。
本記事では、工事台帳を作成する目的や、作成方法別のメリット・デメリットを紹介します。工事台帳の作成項目や作成時のポイントについて正しい知識を習得し、利益向上や業務効率化を通じて経営の最適化を目指すためにぜひお役立てください。
工事台帳とは?
工事台帳とは、各工事の原価を集計する台帳のことで、現場によっては工事原価管理台帳、工事原価台帳などと呼ばれることもあります。
工事台帳を作成して材料費、労務費、外注費、経費を項目別に入力することで、工事ごとのお金の流れが明確になります。原価をしっかりと把握できるようになれば利益も生み出しやすくなるため、工事台帳の作成は必須と言えるでしょう。また、工事の進捗状況も把握でき、労災保険の申告や税務調査時に提出する資料としても使用可能です。
工事台帳を作成する目的(意味)
工事台帳を作成しなくても、経営者自身が原価や利益を把握していれば問題ないと思う方もいるかもしれません。しかし、工事台帳を作成することには大きな意味があります。ここでは、工事台帳を作成する5つの目的を紹介します。
目的①:利益率や収支内容の把握
工事台帳を作成する主な目的は、安定した経営につなげるために利益率や収支内容を把握することです。工事台帳を作成せずにおおよその数字で経営をしていると、目安となる数字がなく適切な原価予測ができないため、マイナス収支になる可能性があります。
工事台帳を作成、管理することで、過去の実績に基づいて精度の高い見積もりを作成可能です。競合他社との相見積もりでも、利益が出るラインが確化されるため工事受注の際に安売り合戦をしなくて済むでしょう。
目的②:完成工事原価の算出
工事台帳は、完成工事原価の算出にも役立ちます。完成工事原価とは、完成工事高(既に完成した工事の売上高、収益)に対する工事の原価で、材料費、労務費、外注費、経費明などに分けられます。
工事原価を工事ごとにまとめておくことで、工事の規模ごとにおおよその原価を予測できるようになります。また、完成工事における粗利が明確になるため、完成時の利益予想をする際の目安としても有用です。
目的③:未成工事支出金の算出
未成工事支出金とは、文字通り「まだ完成していない工事でかかった支出や費用」のことです。完成工事原価と同様に、材料費、労務費、外注費、経費の4項目から構成されています。いずれも未完の状態であることから、一般会計の「仕掛品」の勘定科目に該当します。
決算では、未成工事支出金のうち完成した部分は工事原価に振り替えて損益計算書に計上できますが、未完成の場合は売上として計上できません。そのため、次期へ繰り越す未完成部分については、貸借対照表の資産の部に計上します。計算の根拠として工事台帳が使われるため、工事台帳の作成は欠かせないでしょう。
目的④:経営事項審査で必要となる
工事には公共工事と民間工事があり、公共工事を請け負うために入札へ参加する際には、建設業法で定められている経営事項審査を受ける必要があります。審査では、経営規模と経営状況、技術力、社会性などを数値化し、「客観的事項」について評価されます。
この審査で、経営状況を把握するために工事台帳が用いられるため、提出する必要があります。つまり、工事台帳を作成していなければ公共工事に参加する資格が得られません。
目的⑤:税務調査への対応
工事台帳は、税務調査の対策としても作成をする意義が大いにあります。建設業界は、工事ごとの売上金額が大きくやすく、税務調査が入りやすい業界だと言われます。
税務調査において工事台帳を提出する義務はないものの、税務調査が入った場合、ほとんどのケースで工事台帳の作成について問われるでしょう。工事の進捗状況や売上、経費の流れが分かるように管理されていれば調査官の心証が良くなることが期待できます。
建設業における工事台帳の作成義務
工事台帳の作成は、経営事項審査に欠かせない書類の1つです。建設業法で定められている経営事項審査は、公共工事を請け負うための競争入札に参加する場合に受けます。
また、税務調査の際にも工事台帳は必要です。経営事項審査を受ける予定がなければ作成しなくても問題はありませんが、自社における適切な収支管理のためにも作成しておくと良いでしょう。
工事台帳の保存期間
建設業法の「帳簿の記載事項等」では、建設業許可を取得した建設業者は書類や帳簿などを原則5年間保存するよう義務付けられています。保存対象となる書類には、以下があります。
- 営業所の代表者に関する事項
- 建設工事の請負契約に関する事項
- 下請契約に関する事項
- 添付書類
また、発注者から直接工事を請け負う元請業者の場合、営業所ごとに工事台帳を10年間保存するよう定められています。なお、以下の書類を合わせて保管する必要があります。
- 元請工事の完成図
- 発注者との打ち合わせの記録・議事録
- 施工体系図
- 発注者から直接請け負った新築住宅建設に関する事項
工事台帳が必要な工事の下請金額
「建設業法などの一部分を改正する法律」では、下請金額によらず下請契約を締結する場合は工事台帳を作成するよう義務化されています。以前は、下請金額総額が3,000万円(建築一式工事の場合4,500万円)以上の案件のみ、工事台帳の作成と発注者への提出が定められていました。
しかし、法改正によって下請金額の条件が撤廃され、金額にかかわらず工事台帳の作成と提出が義務化されています。
工事台帳の項目
工事台帳には材料費・労務費・外注費・経費を記載します。ここでは、それぞれの経費についてどのような意味合いがあるのか紹介します。
材料費
材料費は、施工するために仕入れた費用を指します。本来は、材料を購入した時点ではなく、実際に使用した時点で原価として工事台帳に記載します。
しかし、実際には当該工事のために材料を購入して使用するケースが多いため、在庫となることは少なく、購入した材料をそのまま材料費として計上するのが一般的です。また、材料の原価だけでなく、取引にかかった費用も材料費に含めます。
労務費
労務費は、自社の従業員に支払う賃金や、健康保険料や厚生年金保険料などの法定福利費、交通費などの各種手当が含まれます。原価管理を適正に行うためにも、従業員の作業時間は日報で管理しておきましょう。
ただし、現場にいるすべての従業員が対象にはならないため気をつけましょう。労務費は、直接工事に関わった従業員が対象であり、工事現場に常駐する事務所スタッフの給与は含まれません。
外注費
外注費は、自社と雇用関係のない現場作業員に支払う費用です。工事現場の規模が大きくなるほど協力業者や下請け業者などの出入り業者が多くなるため、外注費も増える傾向にあります。「労務費は自社の現場作業員」「外注費は自社以外の現場作業員」と認識しておくと良いでしょう。
なお、外注費と似ている言葉に労務外注費があります。一般的には、自社で材料費を負担し、工事を外注した場合は労務外注費として計上しますが、自治体の担当者によって見解が異なる場合もあります。
経費
経費に該当するのは、材料費、労務費、外注費以外の費用です。たとえば、工事に使用する機器や工事現場の光熱費、事務員の賃金などは経費となります。ほかにも、保険料や事務用品、通信交通費、補償費なども含まれます。
ただ、本来は経費であるのに一般管理費として計上しているケースも少なくありません。工事現場で使用したお金は経費、工事に関係ない業務の費用は一般管理費と区別しましょう。
工事台帳の作成方法。手書き作成も可能?
工事台帳を作成するには、手書き・エクセル・ソフトの3つの方法があります。ここからは、それぞれの作成方法について、特徴とメリット・デメリットを紹介します。
工事台帳の作成は手書きと考える人もいるでしょう。手書きに慣れている場合はスムーズに作成できますが、パソコンと比べると時間がかかる上、計算の過程でミスが生じる可能性もあります。
また、紙で作成した書類が保管庫に眠ったままになっていると、必要な時に確認するのも一苦労です。工事台帳を作成することで利益率や収支内容を把握し、利益を管理できますが、手書きだと作成業務そのものが目的になってしまうことも考えられます。
エクセルを使った工事台帳の作り方
エクセルを使った工事台帳の作り方をおおまかに解説します。
まずは、工事台帳用の新しいエクセルファイルを用意します。一般的な工事台帳では、工事名や着工日などの基本情報欄と原価管理表、入出金情報などを1つのシートにまとめますが、スケジュールごとの原価情報のみを記録するなど、使いやすいようにアレンジ可能です。
入出金情報や主要スケジュールが自動反映される関数を組み込むことで、記録作業を効率化できます。
原価管理表の横軸に置く項目例としては、以下があります。
- 日付
- 施工内容・概要
- 勘定項目
- 金額:材料費・労務費・外注費・経費・合計
費用が発生したら、1行ずつ必要な項目を入力していきます。施工内容や勘定項目などにプルダウンメニューを設置して、選択式にしておくと毎回入力する手間を省けます。
また、原価情報表とは別に、毎月の合計金額を記録する表を用意し、金額が自動反映されるよう設定しておくと便利です。工事別のシートの他に、会社全体用の管理用シートで各シートの合計原価を算出すると、全工事の原価管理を効率化できます。
工事台帳をエクセルで作成するメリット
工事台帳をエクセルで作成するメリットとして、以下の点が挙げられます。
- 自社向けにカスタマイズしやすい
- 現場データの管理・共有がしやすい
- コスト削減につながる
自社向けにカスタマイズしやすい
エクセルの工事台帳は、自社向けにカスタマイズして使えます。テンプレートも自由度の高いものが多く、アレンジしやすいでしょう。
現場データの管理・共有がしやすい
エクセルでは、データの修正や更新を瞬時に行えます。また、共有フォルダに公開しておけば必要なタイミングで担当者が確認できます。パソコンにデータを保存できるため、書類の保管スペースも不要です。
コスト削減につながる
エクセルは、企業で使うほとんどのパソコンに搭載されており、多くの機能が無料で使用できます。また、テンプレートを活用すればすぐに使えるため、初期設定などの手間がかかりません。手書きよりも作業時間を大幅に短縮でき、導入コストや人件費の削減につながります。
工事台帳をエクセルで作成するデメリット
エクセルの工事台帳には、以下のようなデメリットが考えられます。
- 入力ミスや転記ミスが発生しやすい
- 属人化を招きやすい
- 情報共有にタイムラグが出やすい
入力ミスや転記ミスが発生しやすい
エクセルでは自動計算が使えても、関数の設定や数値は手入力のため、入力ミスや転記ミスが発生するリスクがあります。また、1つの現場で複数のファイルを管理する場合、担当者の負担が増えてミスにつながる可能性もあるでしょう。
属人化を招きやすい
エクセルに精通している社員のみに工事台帳の作成や管理を任せる「属人化」の状態を招く可能性があります。属人化により、担当者が休みの日や退社後に誰も工事台帳を編集できないという事態になりかねないため注意が必要です。
情報共有にタイムラグが出やすい
集計やファイル提出のタイミング次第では、情報共有が遅れるリスクも考えられます。手入力している場合、工事現場との連携がうまく取れなくなることもあります。ファイルがリアルタイムで更新されないと、必要なタイミングで作業ができず、業務効率の低下を招くでしょう。
ソフトによる作成
工事台帳作成ソフトは、手書きやエクセルよりも使い勝手がよく、導入を積極的に検討したいツールです。具体的なメリットとデメリットを確認しておきましょう。
工事台帳をソフトで作成するメリット
専用ソフトを使って工事台帳を作成するメリットは、以下の点です。
- 導入してすぐに使い始められる
- 人的ミスを回避できる
- 操作性が統一されている
導入してすぐに使い始められる
工事台帳用のソフトは、自動計算やフォーマットなどの設定が完了しているため、導入してすぐに現場業務で使い始めることができます。
人的ミスを回避できる
エクセルの工事台帳では、関数などで自動計算ができますが、手入力による人的なミスの可能性があります。その点、ソフトは必要な計算式があらかじめ設定されており、入力箇所も少なくて済むため、ヒューマンエラーを防げます。
操作性が統一されている
工事台帳を作成できるソフトは、フォーマットが統一されています。また、使い方も簡単なものが多く、エクセルで起こりやすい属人化を避けられるでしょう。
工事台帳をソフトで作成するデメリット
工事台帳用のソフトは便利ですが、以下のようなデメリットもあります。
- 初期コストがかかる
- 慣れるまで時間を要する場合がある
- 不具合やトラブルが起きたら外部に相談する必要がある
初期コストがかかる
ソフトの導入には、多少なりともコストがかかります。製品やプランによって機能や金額はさまざまですが、無料プランでは使える機能が限られています。有償ソフトを選ぶ際には、機能性やサポート体制などを比較検討することが大切です。
慣れるまで時間を要する場合がある
工事台帳ソフトでは、数値の入力作業は簡単なものが多いものの、新しいソフトを使いこなせるようになるまでには時間がかかります。マニュアルや説明書を理解し、操作に慣れる中で日常業務に支障が出ないよう配慮が必要です。
不具合やトラブルが起きたら外部に相談する必要がある
ソフトの不具合やトラブルが起きた場合、社内では解決できない場合もあります。メーカー保証やサポートが提供されていますが、内容によってはすぐに解消できず、業務に影響が及ぶ可能性もあるでしょう。
無料テンプレートを活用する方法も
エクセルで工事台帳を作成する場合、無料テンプレートを活用することで、すぐに項目や金額を入力して使い始めることが可能です。エクセルで1から工事台帳を作成する場合、表作成や関数の組み込みといった帳簿のベース作りに時間と手間がかかりますが、無料テンプレートを使えばそうした作業は不要です。
とはいえ、希望する無料テンプレートが見つかるとは限りません。また、テンプレートをアレンジした際に、関数や自動反映を壊してしまうと修正に手間取る可能性があります。
場合によっては複数のシートで修正が発生するなど、スムーズな活用が難しくなるでしょう。エクセルは自由度が高い分、工事台帳として活用するにあたって業務効率とのバランスを考慮する必要があります。
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